長年連れ添った愛車のフレームについた無数の傷や、紫外線による色褪せを見て、そろそろきれいにし直したいなと感じることはありませんか。あるいは、市販の完成車にはない、世界に一台だけのオリジナルカラーに塗り替えてみたいというDIY心をくすぐられることもあるでしょう。
そんな時に最も身近で、かつ劇的な変化を楽しめる手段が、スプレー缶による自家塗装です。しかし、いざスプレー缶を手に取ろうとすると、「素人がやって本当にきれいに仕上がるのか」「すぐに塗装が剥がれてボロボロにならないか」「分解や下地処理はどうすればいいのか」といった不安が、次々と湧いてくるはずです。
私自身も初めて塗装に挑戦した時は、知識不足から下地処理を甘く見てしまい、わずか数週間で塗装がパリパリと剥がれてくるという苦い失敗を経験しました。
楓この記事では、私が数々の失敗と成功を通じて学んだ、自転車塗装におけるプロ顔負けの仕上がりを実現するための具体的なノウハウ、素材ごとの科学的なアプローチ、避けるべきNG行為までを余すところなく解説します。
【記事のポイント】
1.100均スプレーとメーカー製塗料の、性能差とコストパフォーマンス
2.アルミやカーボンなどフレーム素材の、特性に合わせた下地処理法
3.強靭な塗膜と美しい艶を実現する、ウレタン塗料とラッカーの使い分け術
4.タレやムラを防ぎ鏡面のような仕上がりを目指す、スプレー塗装の極意
自転車の塗装でスプレーを使うやり方と準備


自転車の塗装プロジェクトにおいて、実際にスプレーを吹き付けて色を乗せる時間は、全工程のほんの2割程度に過ぎません。残りの8割、そして仕上がりのクオリティを決定づける最も重要なプロセスこそが、塗装前の「準備」と「下地処理」です。
プロのペインターであっても、この準備段階に最も神経を使います。なぜなら、どれほど高価な塗料を使っても、下地が適切に処理されていなければ、塗料は本来の性能を発揮できず、簡単に剥がれ落ちてしまうからです。
ここでは、失敗しないための材料選びから、素材を痛めずに塗料の密着力を最大化するための下地作りの科学まで、順を追って詳しく解説していきます。
- 100均とメーカー製塗料の費用や耐久性を比較
- おしゃれな色選びとウレタンやラッカーの種類
- アルミやカーボンの剥がし方と素材別の注意点
- 失敗しない下地処理のヤスリがけと足付け手順
- 剥がれを防ぐ脱脂とプライマーの正しい使い方
100均とメーカー製塗料の費用や耐久性を比較
DIYで塗装を検討する際、ホームセンターの塗料コーナーや100円ショップの棚の前で、「果たして高いスプレーと安いスプレーは何が違うのか?」と悩む方は非常に多いです。特にダイソーなどの100円ショップで手に入るラッカースプレーは、その手軽さから魅力的に見えます。
結論から申し上げますと、カゴや泥除け、ライトステーといった小物パーツや、あくまで塗装の練習用として割り切るなら100均スプレーも有用です。しかし、長く乗り続けたい大切なフレーム全体の塗装には、100均スプレーの使用は推奨できません。
その理由は、単なるブランドの違いではなく、塗料としての根本的な「成分配合」と「スプレー機構」の性能差にあります。まず、100均スプレーは容量が約100mlと非常に少なく、その中身もガスが多くを占めており、実際に塗装面に乗る樹脂と顔料(色成分)の量はごくわずかです。
フレーム1台をしっかりと発色させ、十分な膜厚を確保しようとすると、色にもよりますが最低でも5〜6本、隠蔽力の低い色なら10本近く必要になるケースも珍しくありません。
一方、アサヒペンやソフト99などのメーカー製スプレー(実勢価格700円〜1,000円前後)は、300ml〜420mlと大容量で、顔料濃度も高いため、少ない回数できれいに発色します。結果として、必要な本数を揃えるとトータルのコスト差は数百円程度に縮まるか、場合によっては逆転することさえあります。
さらに決定的な違いは、「ノズル(噴射口)」の精度です。メーカー製スプレーの多くは、噴射パターンを縦長・横長に変更できる可変ノズルや、微細な霧を広範囲に均一に吹ける高性能なノズルを採用しています。これにより、初心者でもムラなく、タレにくい塗装が可能です。
対して100均製品は、単純な円形パターンのノズルが多く、粒子が粗大になりがちです。粗い粒子は表面のザラつき(ゆず肌)の原因となり、研磨しても光沢が出にくいという欠点があります。
| 比較項目 | 100均スプレー(約110円) | メーカー製スプレー(約800円〜) |
|---|---|---|
| 容量・成分 | 約100ml(顔料少なめ・ガス多め) | 300ml〜420ml(高濃度顔料・大容量) |
| フレーム塗装の目安 | 6〜10本以上必要(コストメリット小) | 2〜3本で十分仕上がる |
| 噴射ノズル性能 | 粒子が粗く、ムラになりやすい円形噴射 | 霧が細かく、パターンの調整が可能な可変ノズル |
| 耐久性・耐候性 | 屋外では数ヶ月で色褪せやチョーキングが発生 | 紫外線や雨に強く、長期間光沢を維持(特に高耐久タイプ) |
| 推奨用途 | カゴ、ステー、練習、一時的なイベント用 | フレーム、フォーク、長期使用するメイン機材 |
そして何より、「耐久性」の問題があります。自転車は過酷な屋外環境で使用されるので、安価なラッカーは耐候性が低く、紫外線による劣化(白化・粉吹き)が早いです。



アサヒペン「高耐久ラッカースプレー」や、ソフト99「ボデーペン」といった、実績のあるメーカー製スプレーを選ぶことが、最終的な満足度とコストパフォーマンスを高める正解だと言えます。
おしゃれな色選びとウレタンやラッカーの種類


塗料選びにおいて、色の好みと同じくらい重要なのが、塗料の化学的種類(タイプ)の選定です。スプレー塗料は主に「アクリルラッカー(1液揮発乾燥型)」と「2液性ウレタン(化学反応硬化型)」の2種類に大別され、それぞれの特性を理解して使い分けることが、塗装の寿命を左右します。
アクリルラッカー:手軽さと豊富なカラーバリエーション
ホームセンターで、最も広く販売されているのがこのタイプです。溶剤(シンナー)が空気中に蒸発することで樹脂成分が残り、皮膜を作る「揮発乾燥型」です。
最大のメリットは、その圧倒的な色の豊富さです。鮮やかなソリッドカラーはもちろん、金属的な輝きのメタリック、真珠のような光沢のパール、透明感のあるキャンディカラーなど、こだわりの色を見つけやすいのが特徴です。また、乾燥が早く(夏場20〜30分)、手軽に塗り重ねができるため、初心者でも扱いやすいです。
しかし、デメリットとして「塗膜の薄さ」と「耐溶剤性の低さ」が挙げられます。硬化後もシンナー等の溶剤に弱いため、チェーン清掃時にパーツクリーナーがかかったり、ガソリンが付着したりすると、塗装が溶けてしまうリスクがあります。
2液性ウレタン:プロ並みの強靭さと光沢
塗料缶の内部に「主剤」と「硬化剤」の2つの部屋があり、使用直前にピンを押し込んで両者を混合させ、化学反応(重合反応)によって固めるタイプです。
この塗料の最大の武器は、圧倒的な「塗膜の強さ」です。完全硬化したウレタン塗膜は、プラスチック樹脂そのもののような厚みと硬度を持ち、ガソリンや強力な溶剤をかけてもビクともしません。また、研磨することでガラスのような深い透明感と濡れたような艶を出すことができ、高級感のある仕上がりになります。
欠点は価格が高いこと(1本2,000円〜3,000円)と、一度硬化剤を混ぜると缶の中で反応が進むため、その日のうち(通常12時間以内)に使い切らなければならないという制約がある点です。
最適解:ラッカーとウレタンの「ハイブリッド工法」
そこで私が推奨するのは、両者のいいとこ取りをしたカラーベース(色)にはアクリルラッカーを使用し、トップコート(保護層)にのみ2液性ウレタンクリアを使用するというハイブリッド工法です。これなら、ラッカーの豊富な色数でデザインを楽しみつつ、最終的な表面はウレタンの強靭な鎧で守ることができます。
【技術的注意点:チヂミ(リフティング)現象の回避】
ラッカー塗装の上にウレタンクリアを重ねる際、下地のラッカーに含まれる溶剤が完全に抜けきっていない状態でウレタンを厚塗りすると、ウレタンに含まれる強力な溶剤が下地を侵し、表面がミミズ腫れのようにシワシワになる「チヂミ(リフティング)」が発生します。
これを防ぐには、以下のいずれかを徹底してください。
- 完全乾燥: ラッカー塗装後、最低でも3日から1週間ほど乾燥期間を設け、溶剤を完全に揮発させる。
- 砂吹き(ドライコート): 最初のウレタン塗装を、ザラザラになるくらい遠くから極めて薄く吹き付け、一度乾燥させる。これを数回繰り返し、薄いバリア層を作ってから本塗りを行う。



この工程を守ることで、DIYレベルを超越した、美しく耐久性のある愛車を完成させることができます。
アルミやカーボンの剥がし方と素材別の注意点
フレームの素材によって、「既存の塗装をどう処理するか」のアプローチは、180度異なります。ここを間違えると、フレームの強度を著しく低下させ、最悪の場合、走行中の破損事故につながる危険性があります。ご自身の自転車の素材を確認し、適切な方法を選択してください。
金属フレーム(スチール・クロモリ・アルミニウム)の場合
金属製フレームの場合、最も美しく仕上がり、かつ軽量化にもなる方法は、旧塗膜を完全に剥離することです。既存の塗装の上から塗り重ねることも可能ですが、塗膜が厚くなりすぎてボテッとした印象になりがちですし、重量も増加します。
剥離には、ホームセンターで入手可能な「塗装はがし液(強力剥離剤)」を使用します。ゼリー状の薬剤を刷毛でたっぷりと塗布し、15分〜30分ほど放置すると、塗装がブクブクと浮き上がってきます。これをスクレーパーやワイヤーブラシで削ぎ落とす作業は快感です。
ただし、アルミニウムフレームに対しては注意が必要です。
剥離剤の多くは強アルカリ性や強力な溶剤を含んでおり、長時間付着させたままにすると、アルミ素地自体が化学反応を起こして腐食(黒変や強度低下)する恐れがあります。塗装が浮いたら速やかに除去し、作業後は大量の水と中性洗剤で薬剤を完全に洗い流してください。
カーボンフレーム(CFRP)の場合の絶対的禁忌
カーボンフレームやカーボンフォークに対して、化学的な「塗装はがし液」を使用することはやめましょう。カーボンフレームは、炭素繊維をエポキシ樹脂で固めた複合材料ですが、強力な剥離剤はこのエポキシ樹脂を攻撃し、溶解や膨潤を引き起こします。
樹脂がダメージを受けると、繊維を繋ぎ止める力が失われ、フレームの強度が致命的に低下します。
では、カーボンフレームはどうすべきか…正解は、「元の塗装を無理に剥がさない」ことです。既存の塗装が健全に密着しているなら、それを一種の信頼できる下地として利用します。表面をサンドペーパーで研磨して荒らす「足付け」だけを行い、その上からプライマーや新しい塗料を重ねてください。



どうしても塗装を落としてカーボン地を出したい場合は、全ての工程を手作業によるサンディングで行う必要がありますが、繊維を削らないようミクロン単位の制御が求められるため、プロに任せるか、塗装の上塗りを選択するのが賢明です。
失敗しない下地処理のヤスリがけと足付け手順


塗装の良し悪しは、下地で決まるという言葉を耳にしたことがあるかもしれませんが、これは紛れもない真実です。塗装の剥がれ、密着不良、表面の凹凸といったトラブルの90%以上は、スプレーを吹く前の下地処理の不備に起因します。特に重要なのが、「足付け(あしつけ)」と呼ばれる工程です。
足付けとは、意図的に塗装面に微細な傷をつける作業のことです。ツルツルしたガラス面にセロハンテープが強く貼り付くのとは異なり、塗料はツルツルの表面には定着しません。表面積を増やし、微細な傷の隙間に塗料が入り込んで固まる「投錨効果(アンカー効果)」を利用して、物理的にガッチリと食いつかせるのです。
水研ぎ(みずとぎ)による確実な研磨手順
作業には耐水ペーパーを使用し、水をつけながら研磨する「水研ぎ」を推奨します。水を使うことで摩擦熱を抑え、削りカスを洗い流しながら作業できるため、ペーパーの目詰まりを防ぎ、均一で滑らかな研磨面が得られます。
古い塗装の段差を消したり、剥離剤で落としきれなかった塗料片や錆を除去したりする段階です。指で触って段差を感じなくなるまで丁寧に均します。
プラサフ(下塗り)や本塗装を行う前の最も重要な工程です。フレーム全体が白く曇り、艶が完全になくなるまで磨き上げます。特に、パイプの溶接部、BBシェル周辺、ワイヤー受けの裏側など、指が入りにくい場所は磨き残し(=剥がれの原因)が発生しやすいポイントです。
ペーパーを小さく折りたたみ、執念深く磨いてください。これくらいでいいかという妥協が、後の剥がれにつながります。
本塗装の直前に行う仕上げです。ここで深い傷が残っていると、塗装後にその傷跡が浮き出てしまいます。表面を指で撫でて、サラサラと滑らかな状態になるまで整えます。
せっかくきれいなフレームに傷をつけるのは怖いと思うかもしれませんが、塗装すれば傷は埋まって見えなくなります。むしろ、ビビって磨きが足りない状態こそが、DIY塗装における最大の失敗要因です。



親の仇をとるような気持ちで、しかし愛車を労わる優しさを持って、徹底的に磨き込んでください。
剥がれを防ぐ脱脂とプライマーの正しい使い方
徹底的なヤスリがけが完了したら、塗装直前の最終防衛ラインである「脱脂」と「プライマー」の工程に入ります。この二つをスキップしたり適当に済ませたりすると、乾燥後に塗膜に穴が開くハジキや、テープを貼っただけで塗装が剥がれる密着不良が発生します。
脱脂(Degreasing):見えない油分との戦い
人間の手からは常に皮脂が分泌されており、自転車のフレームにはチェーンオイルやグリス、道路のアスファルト油分などが微量に付着しています。これら油分がミクロ単位でも表面に残っていると、表面張力の作用で塗料を弾いてしまい、クレーターのような穴(フィッシュアイ)ができてしまいます。
これを防ぐために、「シリコンオフ」や「パーツクリーナー(脱脂洗浄剤)」を全体にたっぷりと吹き付け、清潔なウエスでしっかりと拭き取る作業を行ってください。重要なのはスプレーして乾かすのではなく、溶剤で油を浮かせ、布で物理的に拭き取ることです。
※注意:脱脂が終わった直後から、フレームは「手術室の器具」と同じくらい清潔でなければなりません。絶対に素手で触れず、移動させる際はニトリル手袋などを着用してください。
また、脱脂の前段階として、フレーム全体の汚れを落とすための「洗車」も非常に重要です。特に油汚れがひどい場合は、脱脂剤を使う前に中性洗剤で丸洗いすることをおすすめします。
プライマー(Primer):素材と塗料の強力な接着剤
金属やカーボンといった素材と、上塗り塗料の間には、化学的な相性の壁があります。この壁を取り払い、両者を強力に結びつけるのが「プライマー」の役割です。
塗装DIY界で神アイテムと称されるのが、染めQテクノロジィ社の「ミッチャクロン」です。これはアルミ、ステンレス、クロームメッキ、カーボン、ガラスに至るまで、あらゆる難接着素材に対して強力な密着力を発揮します。
特に、ヤスリがけ(足付け)が困難な細かい隙間や、サンドブラスト処理ができない環境では、ミッチャクロンを薄く一回吹くだけで、驚くほど塗料が食いつくようになります。迷ったらこれを下塗りしておけば間違いありません。
鉄フレームなどで、表面の微細な傷や凹凸を埋めて平滑にしたい場合は、プライマーとサーフェイサー(詰め物)の機能を兼ね備えた「プラサフ」を使用するのが一般的です。錆止め効果も高く、研磨もしやすいため、より滑らかで美しい仕上がりを目指すならプラサフの塗布と研磨(中研ぎ)を行うのがベストです。



黄色や赤などの鮮やかな色を塗る予定なら、「ホワイトプラサフ」を使って下地を白くしておくと、発色が劇的に良くなります。
実践的な自転車塗装のスプレーのやり方


下準備、本当にお疲れ様でした。いよいよ、あなたの頭の中にあるイメージを現実のものにする本番の塗装工程です。スプレー缶のボタンを押せば誰でも色は出せますが、「売り物のような均一で美しい塗膜」を作るには、ちょっとした物理法則の理解と、身体の使い方のコツが必要です。
ここでは、初心者が陥りやすいミスを科学的に回避し、プロのような仕上がりに近づけるための実践テクニックを詳述します。
- ムラなくきれいに塗るための距離と重ね塗り
- 乾燥時間の目安と垂れた時の補修テクニック
- マットブラックなど艶消し仕上げのコツと手入れ
- 塗装が剥げた時のリタッチや修正の方法
- 【総括】自転車塗装のスプレーのやり方
ムラなくきれいに塗るための距離と重ね塗り
スプレー塗装における最大の失敗原因、それは一度に色を付けようとする焦りです。早く色を付けたい一心で厚塗りすると、塗料は重力に負けて垂れ下がり(タレ/サグ)、乾燥も極端に遅くなり、気泡(ワキ)の原因にもなります。「薄く、薄く、何回にも分けて塗り重ねる」ことこそが、唯一にして絶対の成功法則です。
正しいスプレーワークの基本動作
1.距離の確保
スプレー缶のノズルからフレームまでの距離は、常に15cm〜25cmをキープします。近すぎると一点に集中して垂れやすく、遠すぎると塗料が空中で乾燥してしまい、表面がザラザラ(ゆず肌)になります。
2.平行移動のストローク
手首を使ってスプレーを振る(ワイパーのような動き)のはNGです。距離が変わってしまいムラになります。手首を固定し、腰と腕全体を使って、フレームの面に対して平行に一定速度で移動させます。ロボットになったつもりで動いてください。
3.トリガーのタイミング
フレームに向けていきなり噴射するのではなく、フレームの外側(空中)で吹き始め、フレームを通り過ぎてからフレームの外側で指を離します。吹き始めと吹き終わりは塗料の粒子が不安定でダマになりやすいため、これをフレームに当てないためです。
成功へ導く3段階の塗り重ね
1.捨て吹き(バラ吹き・タックコート)
1回目は、「色が全然ついていない」と感じる程度に、遠目からパラパラと砂をまくように吹き付けます。これにより表面にわずかなザラつき(足がかり)ができ、2回目以降の塗料が垂れにくくなります。
2.色決め(本塗り)
2回目、3回目と徐々に色を乗せていきます。一度に真っ白(あるいは真っ黒)にしようとせず、「まだ下が透けているな」くらいで止めるのがコツです。各回、少しずつ塗り重ねて発色させます。
3.仕上げ塗り(ウェットコート)
色が十分に隠蔽できたら、最後は少しだけスプレーをゆっくり動かし、表面がテロっと濡れたような艶が出るギリギリのラインを狙って吹きます。ここが一番難しいですが、美しい艶を出すための勝負所です。
また、複雑なパイプが入り組んだ自転車フレームにおいては、塗る順番も仕上がりを左右する重要な要素です。いきなり目立つトップチューブから塗りたくなりますが、それは悪手です。スプレーのミスト(霧)は空気中に漂い、後から他の部分に付着してザラつきの原因になります。
正解は、「塗りにくい奥まった部分から先に塗り、最後に広い面を塗る」ことです。



具体的には、BB(ボトムブラケット)周りの裏側、チェーンステーの内側、ヘッドチューブの裏などを先に攻め、最後にトップチューブやダウンチューブの表面を塗ることで、滑らかで美しい仕上がりを実現できます。
乾燥時間の目安と垂れた時の補修テクニック


スプレー塗装は、実は塗っている時間よりも待っている時間の方が、重要だと言われることがあります。塗料に含まれる溶剤が適切に揮発し、樹脂が結合して硬化するプロセスを邪魔しないための「インターバル(乾燥時間)」の管理こそが、失敗を防ぐ鍵となるからです。
季節と気温で変わるインターバルの目安
乾燥と一口に言っても、塗装にはいくつかの段階があります。重ね塗りが可能になる「指触乾燥(ししょくかんそう)」と、完全に固まる完全硬化です。重ね塗りをする際は、前の塗料が生乾きの状態で次を塗ると、閉じ込められた溶剤が気泡(ワキ)になったり、いつまでもベタついたりする原因になります。
| 季節・気温 | 指触乾燥(重ね塗り可能) | 実用硬化(組付可能) | 完全硬化(研磨・ワックス可) |
|---|---|---|---|
| 夏(25℃〜30℃) | 10分 〜 20分 | 24時間 | 3日 〜 7日 |
| 春・秋(15℃〜25℃) | 20分 〜 40分 | 24時間 〜 48時間 | 1週間 〜 10日 |
| 冬(5℃〜10℃) | 40分 〜 60分以上 | 3日 〜 5日 | 2週間以上 |
特に冬場の塗装は、リスクが高いです。缶自体が冷えているとガス圧が下がって霧が粗くなり、フレームも冷えているため塗料が垂れやすくなります。冬に行う場合は、スプレー缶を40度くらいのお湯で湯煎して温め(沸騰したお湯や直火は爆発厳禁)、晴れた日の昼間の暖かい時間帯を狙って作業することをおすすめします。
「やってしまった!」塗料が垂れた時のリカバリー術
どんなに慎重に作業していても、ついつい欲張って吹きすぎてしまい、塗料が涙のようにツーッと垂れてくるタレ(サグ)現象は起こり得ます。この時、最もやってはいけないのが「慌てて指やウエスで拭き取ること」です。半乾きの塗料を触ると、周囲の正常な塗装面までグチャグチャに汚してしまい、修正範囲が数倍に広がってしまいます。
もし垂れてしまったら、以下の手順で冷静に対処すれば、跡形もなく消すことができます。
垂れた部分は塗膜が極端に厚いため、表面が乾いても内部はドロドロです。心を無にして、最低でも丸3日(冬場なら1週間)放置し、カチカチになるまで完全乾燥させます。
完全に固まったら、カッターナイフの刃を垂直に立てて、盛り上がった部分だけを慎重に削ぎ落とすか、#1000〜#1500番の耐水ペーパーを小さな消しゴム(当て木代わり)に巻いて、垂れた部分を集中的に水研ぎします。
平らになったら、その周辺をシリコンオフで軽く脱脂し、最後に薄くもう一度スプレーを吹いて周囲と馴染ませます。これで失敗は無かったことになります。
塗装においては、「急がば回れ」が絶対の真理です。



焦ってリカバリーしようとする数分が、数週間のやり直し作業を生むことを肝に銘じておきましょう。
マットブラックなど艶消し仕上げのコツと手入れ
近年、ロードバイクやピストバイクで不動の人気を誇るのが「マットブラック(艶消し黒)」や「マットカーキ」といった、光沢のないステルスカラーです。クールでモダンな印象を与えますが、通常のツヤあり塗装とは異なるメカニズムで成り立っており、施工とメンテナンスには独特のノウハウが必要です。
マット塗装(艶消し)の科学的メカニズム
通常の塗装は、表面を平滑にして光を正反射させることで艶を出しますが、マット塗装はその逆です。塗料の中に微細な「艶消し剤(シリカ粒子など)」が含まれており、表面にミクロ単位の凹凸を作ることで光を乱反射させ、人間の目に艶がないように見せているのです。
このため、塗装時に最も注意すべきは「塗膜の厚さ」と「湿度」です。艶消しクリアを厚塗りしすぎると、表面の凹凸が埋まってしまい、妙にテカテカした半端な仕上がりになってしまいます。
また、湿度が80%を超えるような雨天時に塗装すると、気化熱で結露した水分が塗膜に取り込まれ、表面が白く濁る「白化(ブラッシング)」が発生しやすくなります。マット塗装は後から磨いて修正することができないため、一発勝負の難しさがあります。
絶対にやってはいけないメンテナンス
マット塗装の自転車を手に入れた後、多くの人が犯してしまう間違いがメンテナンスです。以下の行為は、マット塗装の寿命を縮め、質感を台無しにするため厳禁です。
- コンパウンド(研磨剤)の使用: 表面の微細な凹凸を削り取ってしまい、その部分だけツルツルの艶ありになってしまいます。一度艶が出ると元には戻せません。
- ワックスがけ: 固形ワックスやカルナバ蝋などが凹凸に入り込み、白く残ったり、ムラのある艶が出たりします。
- 強い摩擦による拭き上げ: ゴシゴシと強く乾拭きするだけでも、摩擦研磨によって徐々にテカリが出てきます。
正しいお手入れ方法
基本はたっぷりの水を使った洗車か、中性洗剤を含ませた柔らかいスポンジで優しく洗うことです。油汚れには、アルカリ性の強いクリーナーではなく、塗装への攻撃性が低いパーツクリーナーやシリコンオフを使用してください。
最近では、MUC-OFF(マックオフ)などのケミカルブランドから「マットフィニッシュディテイラー」といった、専用のクリーナー兼コーティング剤が販売されています。



これらは艶を出さずに汚れを落とし、マット特有の質感を保護する成分が含まれているため、長く美しい状態を保ちたい方には必須のアイテムと言えるでしょう。
塗装が剥げた時のリタッチや修正の方法


どんなに完璧に塗装しても、自転車は走る乗り物です。走行中の飛び石、駐輪時の転倒、立てかけた時の接触などで、どうしても傷(チップ)はついてしまいます。せっかく塗ったのにとショックを受けるかもしれませんが、全面塗り直しをしなくても、部分的な補修(リタッチ)で目立たなくすることは十分に可能です。
スプレーを「筆塗り」に変換する裏技
傷がついた部分に、スプレー缶を直接「シュッ」と吹くのは絶対にやめてください。傷以外の広範囲に塗料が飛び散り、マスキングの手間がかかる上に、修理した箇所が余計に目立ってしまいます。
正しいリタッチの方法は、以下の通りです。
1.塗料を取り出す
使用したスプレー缶(または同色のスプレー)を、紙コップや塗料皿に向けて至近距離で吹き付け、液体の塗料を少し溜めます。
2.筆で点付けする
溜まった塗料を、細い筆や爪楊枝の先端に少量取り、傷のえぐれた部分に「チョンチョン」と乗せるように埋めていきます。一度で埋めようとせず、乾燥させながら数回繰り返して高さを出します。
3.平滑化(上級者向け)
塗料が完全に硬化し、盛り上がった状態になったら、#1500〜#2000番の耐水ペーパーで慎重に削って周囲の高さと合わせ、最後にコンパウンドで磨けば、どこに傷があったか分からないレベルまで修復可能です。
深い傷への対処法
塗装だけでなく、フレームの素材まで達するような深いガリ傷の場合は、塗料だけで埋めるのは困難です。この場合は、ホームセンターで売っている「エポキシパテ(金属用)」や、カー用品の「薄付けパテ」を使用して凹みを埋め、乾燥後にサンドペーパーで平らに整形してから、上記のリタッチ塗装を行うと良いでしょう。



特にクロモリなどの鉄フレームの場合、傷から水分が入り込んで内部から錆びる恐れがあるため、見た目の問題だけでなく、フレーム保護の観点からも早めのタッチアップを心がけてください。
【総括】自転車塗装のスプレーのやり方
最後までお読みいただき、ありがとうございます。自転車のスプレー塗装は、単に色を変えるだけでなく、愛車の構造を理解し、素材と対話しながら自分だけの一台を作り上げる、非常にクリエイティブで充実感のある作業です。
成功のためのポイントを、もう一度おさらいしましょう。
自家塗装・成功の4ヶ条
- 下地が命: 手を抜かず、古い塗装の処理と足付け(ヤスリがけ)を徹底的に行うこと。
- 素材を知る: カーボンに剥離剤は厳禁。素材に合ったプライマーを選定すること。
- 材料をケチらない: 耐久性を買うと思って、信頼できるメーカー製スプレー(できればウレタン仕上げ)を選ぶこと。
- 薄く、何度も: 焦りは最大の敵。乾燥時間を守り、少しずつ色を乗せていくこと。
最後に、健康と安全についてもお伝えしておかなければなりません。スプレー塗料や剥離剤には、有機溶剤が含まれています。作業の際は必ず屋外の風通しの良い場所で行い、活性炭入りの「防毒マスク」や保護メガネ、耐薬品手袋を着用してください。
有機溶剤の有害性や正しい取り扱いについては、公的なガイドラインも参照し、自身の健康を守りながらDIYを楽しんでください。
(出典:中央労働災害防止協会 安全衛生情報センター『有機溶剤中毒予防規則』)
自分で手をかけた自転車は、きっとこれまで以上に愛着が湧き、ペダルを漕ぐたびに特別な高揚感を与えてくれるはずです。失敗を恐れず、まずは小さなパーツからでも挑戦してみてください。



あなたのサイクルライフが、より彩り豊かになることを応援しています!
【参考】
>>0歳を自転車でおんぶする際のヘルメット着用って?様々な注意点とは
>>自転車インチの測り方を完全ガイド!身長に合う適切なサイズの選び方
>>自転車のキャリーケース運び方って?基本ポイントと注意点を解説
>>自転車のギアチェンジをこぎながら正しく行う方法って?具体的なコツ
>>自転車のサングラスは危ない?正しい選び方やおすすめアイテムを解説
>>自転車用ダンボールを自作するコツって?安全な梱包方法や注意点とは
>>自転車でレインコートとポンチョならどっちが雨対策に最適なのか?
>>ベルトドライブ自転車のデメリットとは?チェーン式との違いや選び方
>>自転車でリュックは危ない?安全な運び方とおすすめの代替えバッグ
>>自転車に乗れないのが恥ずかしい…不安を解消して克服できるポイント
>>自転車油汚れの落とし方のコツって?基本と失敗しない掃除方法を解説
>>自転車盗難保険はいらないと判断する前に…加入の必要性や注意点とは
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